奇形のクラゲ

実に実りの無い話

熱に視る夢

幼い頃から丈夫にできていて、滅多に風邪を引かない私ですが、偶の休日だというのに熱を出してしまいました。

思えば今週は寝不足続きで、疲労が溜まっていたのかもしれません。

一日中寝込んでいると、よく昔の事を思い出すのです。

薄暗い坂の途中にある木造長屋の洋食屋、これが現の記憶なのか夢との混同なのかは分かり兼ねますが、私の中にその洋食屋は“確かに”存在するのです。

天井から下がるオイルランタンの淡い光に照らされて、大きな海老フライと透き通るような碧色をしたクリームソーダの影が、私の方へと落ちるのです。

正面には優しかった祖母の顔が、その隣には祖父が座っていました。

そこに行く時の私は決まってご機嫌でした。

きっと料理も高かったのだろうと、子供ながらに遠慮をし、海老フライが一本だけ乗ったメニューを選んでいたのを微かに覚えています。

時は流れ、私もいつの間にか大人になってしまいました。

きっとその洋食屋にも二度と立ち寄る事は無いのだろうと、仄かに熱を帯びた私の脳が言うのです。

子供の私は、自分が大人になる事など想像もしていませんでした。

私も随分と汚れてしまいました。

歳を取るというのは、子供の頃の自分を忘れるという事でもあります。

人は無垢のままでは生きて行けません。

心の綺麗な人間が好餌にされるの世の中で、それでも私たちは、歩幅が違えど前へと歩き続けるのです。

純真だった自分を置き去りにして。

時折、本当に私が私なのか不安になる事があります。

プラスチック製の虫籠で飼っていた蝶の死に心を痛めていたあの子供は、人の死に表情一つ変えない大人へと成長しました。

あの頃の私は今もどこかで生きていて、大人になった私とは別の人間なのかもしれません。

今も変わらず、背の高いグラスに浮かぶバニラアイスをスプーンで啄き、意味もなく微笑んでいるのでしょうか。

否、きっとそうなのです。

そうでない筈がないのです。